ボクシング会議室

ボクシングファンです。色々なつぶやき、試合や選手達の感想をつぶやいてます。

辰吉はなぜウィラポンに負けたのか!?

私は、テレビの前でしばらく呆然としていた、ブラウン管の中で起きている出来事が信じられなかった。

忘れもしない、1998年12月、年の瀬も迫った29日、私は当時通っていたボクシングジムでの練習を早めに終わらせ、
帰宅した、私だけではない、ほとんどの練習生もそうしていた、辰吉選手のの3度目の防衛戦が行われるからだ。

シャワーを浴びて、テレビの前に陣取る。
判定での防衛が2戦続き、何とかKO防衛の欲しい辰吉、迎えた相手はタイのウィラポン。シリモンコンとプロモーターが同じ関係で、前王者のオプションを行使しての挑戦らしい。
辰吉の半分の4戦目で世界を取ったウィラポン、初防衛戦ではガーナの古豪ナナ・コナドゥに逆転KO負けを喫して無冠になると、その後は、地道にノンタイトル戦を勝ち、30歳でやっと世界挑戦にこぎつけた。


この試合は何か、ただならぬ事が起りそうな雰囲気は試合前からあった。
ウィラポン入場時、マナーのないファンに揉みくちゃにされたタイ人の挑戦者は、リング下で約2分、目を閉じて精神統一をしていた。
両選手の紹介が済み、ゴング前にも、ウィラポン陣営のセコンドがもたつき、流れが中断された。
そんな中で試合は始まり、辰吉はいつものように早い左ジャブをついていく。2ラウンドは明確に辰吉のラウンド。
しかしウィラポンは1,2Rで相手のパンチのクセや、リズムを全て記憶したかのように、その後全く辰吉のパンチをもらわなかった。
逆に辰吉は被弾が増える。徐々に効いてきたパンチ、そして6R,衝撃的なKO負け。
呆然とする私をよそに、リング上ではウィラポン勝利者インタビューが行われていた。ふと、我に返った際にこんな疑問を覚えた。
「辰吉が衰えたのか?それともウィラポンが強かったのか?」

辰吉のピークはいつだった?

90年代にボクシングを観ていた人間なら辰吉が天才的なボクサーということに異論はないであろう。
ボクシングをはじめて間もないころから、アマ国体2位をスパーで倒したり、あの渡辺二郎とも互角に渡り合ったりと、色々なうわさが飛び交っていた。
アマ時代も「今日はレナードでいく」と言って、本当にレナードばりのスタイルで、あっという間に勝ってしまったとの話も聞いた。
彼のピークは、議論はあるかもしれないが、私はリチャードソン戦辺りかと思う。
辰吉の不運は初栄冠の後に、網膜裂孔でブランクを作ったことか。
辰吉はパンチを避けるカンの良い選手だった、しかし、それでも目の怪我である。もしかしたらこの頃からダメージは溜まっていたのかもしれない。
その後、ラバナレス、薬師寺サラゴサと負けを重ね、引退覚悟で臨んだシリモンコン戦で見事な栄冠。
そのタイトルの3度目の防衛戦での惨劇。しかし、辰吉ほどの選手が急にあれだけ惨敗するほどに衰えることなどあるだろうか?シリモンコン戦からの彼の出来を振り返ってみよう。

辰吉はいかにして衰えたのか?

まず3度目の栄冠となった、シリモンコン戦。
無敗の若い王者は、減量がきつかったと噂されていた、それまで、たしか、タイ国内でしか試合はしておらず、初の海外戦。
タイではシリモンコン専用の計りがあるとかないとか、そんな噂も聞こえてきた。
試合の方は、辰吉は危うい場面もあったが、左ジャブ、ボディー、そして回転の速い連打を随所に見せ7RKO勝ち。
「辰吉のキャリアも円熟期に入ったな」とファンを唸らせるできであった。
衰えどころか、油の乗ってきた選手との印象を受ける。
では初防衛戦はどうだろう?ランキング4位のソーサ相手に大差の判定勝ちだった、ソーサは負けも多いが、ここ最近は15勝1敗と乗ってる選手ではあったが、後に日本ランカーの岡本選手と引き分けるなどしており、世界的にみるとやはり見劣りしてしまう選手だった。辰吉はKOできなかったことを悔やんでいたけど内容は圧勝。
2度目は指名試合のポーリー・アヤラ。アヤラは後にWBAの王者となり、さらにはバレラ、モラレスらと試合をする名王者である、しかしこの試合は6R終了時、バッティングによる負傷判定勝ちとなった。
ファンの中では「あのままいったら後半どうなっただろうか?」と疑問の残る試合であった。1度アヤラの左で辰吉の腰が落ちかける場面もあり、ギリの負傷判定勝ちといった内容ではあった。
そんな中でのウィラポン戦である。1番に感じたのは「膝のバネ」だ。辰吉の1番の武器ともいえる高速の連打は、あの柔らかい下半身のバネから生まれていたと思う。バランスがいいから次から次に連打が出る。
その原動力でもある膝のバネが効かなくなっていたと感じたのは私だけではなかったであろう。
そして膝にバネがなければ、ダメージも殺せず、パンチによるダメージはもろに残る。
だからあのような結果になったのではないか?それが私の出した結論であった。

疑問の答え

「辰吉が衰えたのか、ウィラポンが強かったのか?」
両方だった。と感じたのはこの試合から何年も後になってからだった。
ウィラポンは結局このタイトルを6年3か月で14度防衛する名王者になり、引退後あるインタビューで彼はこう語った。
「戦った日本人で1番強かったのは辰吉、彼は私と戦った際にはすでにピークを過ぎていた、全盛期なら彼が1番だよ」

あとがき

辰吉というボクサーは勝ち負けを超越した場所にいた、具志堅用高のように無類の強さを誇っていたわけではなく、負けも多々ある、しかし、ファンから慕われ人気は衰えなかった。
バンタム級で名前がジョー。ボクサーになるために生まれてきたような男、リングでしか生きられない男。
その背中を見て育った次男の寿以輝選手はデビュー後、順調に勝ってきている、まるで若かりし頃のジョーを見ているようだ、とそれだけでファンになってしまう中年ファンはわたしだけではないはずだ。

ボクシング歴代最強ハードパンチャーTOP3

ボクシングファンの間では必ず議題になるこのランキング、国内と海外に分けて作成してみました。
年代によって大きく左右されるこのランキング。やはりライブで観ていた選手の方が、より強く印象に残りますね。
あくまでも私的なランキングになります。軽い気持ちで観て下さい。

KO率とパンチ力の因果関係

このランキングでは、あくまでも一発のパンチの強さのみにフォーカスしています。
かつてKOキングの名をほしいままにしていた、ウィルフレド・ゴメスはデビュー戦を引き分けて以来、32連続KO勝ちを記録していますが、決して一発のパンチが強いイメージはなく、連打型のKOパンチャーでした。
また、日本の誇る偉大な王者、具志堅用高さんは13度の防衛のうち8KOを記録していますが、(世界奪取もKO)
ゴメス同様、連打型のパンチャーでした。両者ともバランスの良い下半身から、止まらない連打で相手をなぎ倒してきました。(この2人はスタイル似てましたね、髪型まで似てる)
また、近年であれば、3階級制覇の長谷川穂積さんも、バンタム級時代は6度目から10度目の防衛戦の5試合を全てKOで飾っています、この5試合に彼が費やしたラウンド数はわずか10ラウンドです。しかし彼は、パワーパンチャーではありませんでした。スピードとタイミングで芸術的なKOを演出したアーティストでした。
必ずしも、KO率=パンチ力ではないということでしょう。
それらを考慮したうえでランキング作成してみました。

海外編

第3位

ジェラルド・マクラレ
エマニュエル・スチュワード傘下の元世界ミドル級王者。生涯戦績は31勝29KO3敗ですが、29のKOのうち20回は初回KOで飾っており、とにかく秒でのKOが多かった選手。
ジョン・ムガビ、ジュリアン・ジャクソンなどにも勝っている。派手な倒し振りで人気のある選手だっただけに、引退に至った経緯は本当に悲しかった。

第2位

ジョージ・フォアマン
元世界ヘビー級王者、像をも倒すと形容されたパンチで、数々のボクサーを沈めてきた。
アリと戦った時点でのレコードは40勝37KO無敗という凄まじいものだった。特にジョー・フレイジャーを2ラウンドでKOした試合は衝撃的でした、あの100キロを超えるフレイジャーの身体が一瞬、宙に浮いてからダウンさせたパンチは凄いの一言。
カムバック後のフォアマンは、でっぷりと太った身体でしたが、パンチ力は衰えておらず、ジャブだけで相手をのけ反らせるほどの威力でした。


第1位

ジュリアン・ジャクソン
元世界スーパーウェルター級、ミドル級王者。ジャクソンは筆者が10代の頃にWOWOWでよく見ていたため、1番ハードパンチャーとしての印象が強い選手です。相手が硬直してキャンバスに崩れていくKOをよく演出していました。
対戦相手の名前忘れましたけど、ノーモーションからの左フック一発で、51秒でKOした試合は見事でした。
ただジャクソンはスロー再生でよく見ていると、当て方も上手い選手でしたね、確実に相手のテンプルか顎にヒットさせてますね。強打者であり好打者でもあったのでしょう。

国内編

第3位

吉野弘幸
元日本ウェルター級、スーパーウェルター級、OPBFウェルター級王者。
吉野さんは個人的に好きな選手で、初めて観た試合がチャンピオンカーニバルでの佐藤仁徳戦でした。デビューから11連続KO中の、最強挑戦者と真っ向勝負を挑んで4回KOで勝った試合ですね。あれ見て以来、大ファンになり、ジムに練習観に行ったこともあるくらいなので、個人的な好みの強いランクインですけど。(笑)
ウェルター級なのに軽量級並みのスピードを誇り、破壊力はミドル級以上の選手でした。
いきなり放つあの左フックは驚異的な破壊力でしたね。

第2位

浜田剛
元世界スーパーライト級王者。
長らく日本人の連続KO記録を単独で所持していた選手。浜田剛がランクインするなら、平仲明信はしないのか?
と言われる方もいると思いますが、筆者の中でレネを初回KOで豪快に倒して世界奪取した試合の印象が強いためランクインしました。
それなら平仲もロサリオを初回KOして世界取ったではないか?と思う方もいるかもしれないのですが、筆者の中では群雄割拠のスーパーライト級において、ひときわの存在感を放っていた浜田氏をランクインさせました、それなら平仲も強豪揃いのスーパーライト級で世界王者になったではないか?という方もいるかと思いますけど、こう考えると、浜田、平仲の両氏は共通点多いですね、沖縄だし。同時代にチャベスがいたのも共通点でしたね。どっちかチャベスとやってほしかったなぁ。

第1位

井上尚弥
この記事を書いているのが2021年なのでやはりまだWBSSのイメージが強烈に残っているため、井上選手を1位にしました。
バンタム級タイトルを奪取した、マクドネル戦では、かすっただけなのに倒してしまう強さ、WBSS一回戦のパヤノ戦での70秒でのKO勝ち、無敗のロドリゲスをわずか2ラウンドで沈めた試合など、印象的な試合ばかり続いています。
井上選手は何と言っても、左のボディーブローが素晴らしい、角度、タイミング、威力と、どれをとっても最高ですね。
パンチ力だけに目がいきがちですが、本人も言っていたように、駆け引きにも長けている選手で、強打を当てるまでの伏線をいくつも張り巡らせているとこなどは、素人には分からないこともあるのでしょうが、そこら辺を注意して見ると、また違った見方になるのかもしれないですね。

あとがき

この類のランキングは個人の好みが強く出てしまいますね。
井上選手は最近の話なので、印象に残ってますし、ジャクソンや、浜田氏、吉野さん等はライブでその強さを観ていたため、特別な印象もあります。
とくに感性が多感な小学生から中学の頃に観ていた選手達だったからますますかな?
そんな個人色の強いランキングでしたけど、皆さんのはどうですか?